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16 September 2009 / Wednesday

舌なめずりをして機を待つ、そういうぞくぞくする楽しみ。


うれしいことに、ここしばらくいろんなシゴトのオファーがあってばたばたと忙しくしている。パン屋のロゴマーク&ショップカード、某協議会のロゴマーク、某協会のパンフレット&イラスト、某NPO法人のウェブサイトデザイン、某協同組合のロゴマーク&ウェブサイトデザイン、特別認可法人の表彰プレートデザイン、某大手船舶企業の海外クライアント用お土産のディレクションやゴルフボールのデザイン、東京の某区芸術財団主催のクラッシックコンサートのポスター&フライヤー、某派遣会社のスタッフ専用サイトのディレクション&デザイン、某ヘアサロングループのショップパンフレット&カードなどなどなど。
クライアントの業種もさまざま、媒体もさまざま、トーンもさまざま、場所もさまざま、予算もさまざまだけれど、それがこのシゴトの魅力で、飽きないでいられる理由なのかもしれない。なにより、その行為をぞくぞくと楽しめる(ようになった)ことがうれしい。
敬愛する田中一光はこんなコトバを遺している。

デザインの作業は苦痛であってはいけない。人間を楽しませる仕掛人、考案者であるという舌なめずりをして機を待つ、そういうぞくぞくする楽しみで支えられてなければならない。

09 September 2009 / Wednesday

João Gilberto & Caetano Veloso en Buenos Aires, 2000

Filed under: Music 音楽, Selection, Web Design — argyle street tea room @ 14:52:42

Chega de saudade
(Tom Jobim & Vinícius de Moraes, 1956)

ただただ素晴らしい。カエターノのやさしい眼差しがすべてを語っているようだ。

05 September 2009 / Saturday

手で作り、そして生まれた、くらしの中に息づくデザイン。

Filed under: Design デザイン, Photograph, Selection, Museum — argyle street tea room @ 12:40:36

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みなとみらいにある横浜美術館で「柳宗理展」を観る。いただいた招待券だったので、最終日までになんとか間に合わせたかった。
こどもの頃からながく神奈川・横浜で生活していると、柳宗理の作品は公共建築の中でふつうに接することができた。例えば、横浜市営地下鉄。イス、ベンチなどのファニチャー、水飲み場、発券機や改札機。そして、憩いの野毛山公園(ぼくは、この近くにしばらく住んでいたことがある)。動物園をつなぐ歩道橋や入り口、公園内のサインなどなど。ふつうのくらしのなかにふつうに溶け込んでいるデザイン群だった。
アノニマスデザイン(無名性のプロダクトデザイン)。商業主義に重きをおいた近代のデザインワークのアンチテーゼとして、柳宗理が自身のエッセイや講演の中で折にふれ語っている考え方だ。つまり、デザイナーがデザインした作品というブランド(あるいはラベル)を声高に主張することに執着をせず、それよりもデザインをした製品が「民藝」のように匿名な存在として、人々のふつうのくらしの細部に深く入り込んで息づいていくことこそが、プロダクトデザインの理想型ということを意味しているのだと。そう考えると、デザイナーよりも職人の立ち位置に近いのかもしれない。それはつまり、柳宗理が主張する「用の美」にすべてはつながって行くのだろう。
ステンレス片手鍋大小の鉄フライパンを日頃キッチンで使っている。この使い心地の良さはほかでの代用が難しい。手に馴染み丈夫でシンプル、純粋で独創的な造形はただただ美しい。フタを回転させると隙間を加減できる。隙間を大きくして、吹きこぼれを防いだり、湯切りしたりできるアイデアも秀逸。バタフライスツールも我が家では大活躍をしている。時にはオットマン、踏み台、高膳、もちろんイスとしても。
会場入り口に、バタフライスツールのモックアップが展示されていた。手の痕がしっかり残っていた。地道な微調整を繰り返した痕にあの普遍的な造形が生まれて行ったプロセスを垣間みたようで強く心うたれた。

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