那覇の昼 カフェ hal
その日、初めて彼と逢って一時間ほど話しをしただけだから、彼の名前を知りません。だから、ここでは仮にハルくんと呼びます。
僕がハルくんのカフェに訪れたのは、1月の最後の週の金曜日でした。少しくたびれはじめた3階建ての雑居ビルの最上階にあるカフェ。那覇、見栄橋駅のホームから首里方面にそのカフェを見おろすことができます。窓が開いていれば、その中も少しだけ覗けます。ビルの白い壁面に黒字で「カフェ hal」とシンプルに描かれています。
那覇に着いた日から気にとめていて、那覇を離れる日の昼下がりの午後(やっと気持ちよい陽射しを取り戻した午後でした)、空港へと向かう途中にそのビルの階段を駆け上がりました。
ビッグ・ビンゴ! そこにある扉を開けると、ワンフロアーをぜいたくに使った奥行きを感じる空間がそこにはありました。フロア一面だから、三方に大きな窓があります。そこから、海からの風、たくさんの陽の光が室内へ流れ込み、違う窓からゆっくり溢れでていきます。ペールブルーグリーンのペンキで塗られた一面の壁にハルくんが知人の画家から譲り受けた数点の抽象画。(その作品もすべてペールブルーとグリーンのグラデーションです) そして、同色の古いピータイルが床に貼られています。
すべての色の美しいマッッチングです。青の時代。
米軍払い下げのシンプルでふつうの家具が、ゆるやかで絶妙な配置を作っています。心地よい音楽と風の音。交差点の喧騒。適度なボリュームです。窓からの陽の光を受け、美しいグリーンの濃淡の表情を見せる知恵と平和のオリーブの木。ぼくにとって「hal」は一目ぼれのカフェでした。一瞬で恋をしてしまった感じ。
その前日に、牧志の公設市場の古本屋で偶然手に入れていた「鼠の心 村上春樹の研究読本(北宋社/1984年)」の文章を引用します。宇佐川秀雄氏の「居心地の良い喫茶店」というタイトルの論評です。
「この人が、かつてジャズ喫茶の店主だったことからの連想だろう。彼の作品には時に、良くできた理想的な喫茶店のような印象を与えられる。ぼくの考える理想的な喫茶店では、まずその入り口にしからが、入り口らしくないことが必要だ。さりげなさがベストなのである。
(中略)
理想的な喫茶店について、続けて語ろう。店内のスペースはゆったりしている。掃除が行き届き、採光のいい大きな窓があり、客の数は適度に少なめである。
BGMのボリュームは適切かつ控えめであり、選曲は気がきいている。ウェイターまたはウェイトレスは目立たず、なおかつ客の注文には敏速に反応する。
ついでに店内にはいくつかの緑の鉢植えがおかれていれば申し分ない。ただ、この店には「気のおけなさ」はない。そのかわりにあるのが、さり気ない節度である。この場合の節度とは一種のルールに近い。店の雰囲気が客に無言の節度を要求してくるのである。少なくとも、その店では常連ぶることは、店のオーナーから嫌われる恐れがある。だから、その店にくる客は席に座って、文庫本を20ページ読み終えるか、コーヒーを二杯飲み終えるか、たばこを三本吸いきるかしてから、店を出ることになす。ころあいが大事なのである。決して長居しないこと、毎日は行かないこと、それがこの理想の喫茶店との一番よいつき合い方なのだ。
と、まあこんな風にしてぼくは村上春樹の作品と付き合ってきた。」
「とても素敵なカフェですね。理想のカフェですよ。」とハルくんにぼくは声を掛けました。はにかんだ顔で「ありがとうございます。」とハルくん。しばらく話をしていて、彼等は東京出身であること、お母さんが寒さに弱いから沖縄にやってきたこと、お母さんとハルくん二人でカフェを経営していること、お母さんは東京でお菓子を教えていたこと、ハルくんは僕と同じニコンのカメラをもっていること。そんないくつかのことを知り、そして、1月の末に2年間続けてきたカフェ hal を閉めることも。そう、僕が訪れた3日後に hal は閉店することになっていました。
「いいカフェなのに、なぜ?」という問いにハルくんは、カフェという仕事が二人ともなじむことができなかった、と言いました。彼らはゆるやかなルールがあるサロンのようなカフェを求めていた。でも、那覇ではできなかった。適度な節度やころあいのスケールの違いなんだろうか、とぼくは想像しました。でも、ぼくはなんとなくわかる気がしたのです。
宇佐川秀雄氏の「居心地の良い喫茶店」の理想の喫茶店像は、ぼくの好きなカフェに近いし、カフェ hal も、その乾き具合がとてもそれに似通っている。ふつうでやさしいドライ感。彼らは、沖縄の地で「ほどよく乾いた」カフェを作りたかったんだと思います。ぼくもそんなカフェがすぐに好きになった。
お母さんは那覇に残り、ハルくんは東京に戻り新しいスタート切るそうです。「残念だし、寂しいですね。」というぼくに、ハルくんはお母さんの顔を少し見て、ちょっとだけはにかみながら笑うだけでした。
「本当に寂しくないの」彼女は最後にもう一度そう訊ねた。
僕がうまい答を探しているあいだに電車がやってきた。
(1973年のピンボール / 村上春樹)
ぼくは、横浜に帰ってきてから、hal にあったような自分の身長ほどの大きさのオリーブの木を買いました。南向きの窓からの陽の光がグリーンの濃淡をきれいに作ります。
「あまり水をあげないで、できるだけ乾かせてドライに育ててね。それのほうがいいから。」
フラワーショップの店員は、そうぼくに言いました。
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