14 April 2006 / Friday

Berlin

Filed under: Photograph, Book — argyle street tea room @ 20:22:35

いつもより丁寧にコーヒーを煎れ、いま、ぼくは「Berlin」という写真集を、ベルリンにいるひと、ベルリンで暮らすひとたちを想い、眺めている。1990年の終わりから91年の2月にかけて、橋口譲二が撮影した写真集。壁が崩壊したちょうど1年後のベルリンの風景です。

ぼくは、ヴィム・ヴェンダース Wim Wenders が撮ったあの美しいフィルム「ベルリン 天使の詩」とリンクさせ、90年代初頭、この写真集を観ていた記憶がある。「天使の詩」は崩壊前のベルリンだから、ちょっと時間の開きがあるんだけれど、きっとどこかちいさな名画座で見直したんだろうね。そう、有楽町の駅前で観たその最初のロードショーでは、あまりにぼくがこども過ぎて理解ができなかったから。でも、天使が色彩を感じる瞬間や、彼らが佇むあの戦勝記念碑、ジーゲスゾイレ Siegessaule の際だった美しさだけは鮮明に憶えている。

そして、この写真集「Berlin」。ヴェンダースとアンリ・アルカン Henri Alekan が丁寧に紡いだ詩篇のようなモノクローム。それに共通する、荒廃のなか、けっして軽薄じゃない誇りある都市のランドスケープ。ひとの穏やかでありながら高貴な表情に、当時ひどく心を揺さぶられた。
あれから、確実に10数年がたち、ベルリンはどんな風に変わったのだろうか?
今日、ふと立ち寄った図書館で再会した、この写真集「Berlin」。

きみは今、どんな気持ちでいるのだろう。
きみの表情を撮ったたくさんの写真を見ながら、ぼくはきみに尋ねたいと思った。きみは今、何を考えているのだろう、と。
こ の何十年か、きみは幸福だったのだろうか。他の都市の中には、きみのように無理なくゆっくりと歳を重ねることを嫌がって、大急ぎで浅ましく変身し、妙に ピカピカでうすっぺらな姿をさらしているところもある。四十数年前にきみと同じようにひどい空襲を受けながら、爆弾を落とした人々よりも早くそのことを忘 れてしまった都市もある。
(中略)
しかし、きみはほとんど変わらなかった。
Berlin 序文 / 池澤夏樹「ある都市への手紙」


旅の詩人(あるいは芥川賞作家)池澤夏樹がこんな序文を写真集「Berlin」の冒頭で捧げている。ひとが生活してこその都市が変わることはいいことなの? ずっと、ふつうでそのままでいて欲しいんだ、という、これから変わっていってしまうかもしれないベルリンという都市に宛てたとても美しいラブレター。
ほんとにとても美しく素敵な手紙だから、最後のくだりをちょっと長いけれど引用します。

ね え、教えてくれないか。都市というものはそんなに日々新しくあるべきなんだろうか。ぼくはずっとそう信じてきたけれども、きみのおちついた表情、変わらな かったがゆえのゆとり、鋳鉄の垣や、壁にうつるユーゲンシュテルヒの曲線美、鏡の中の老女などを見ていると、行きかう自動車の丸いヘッドライトを見ている と、駅構内の花屋の、そこにだけ特別の光が当たっているような明るさを見ていると、案外きみがすべての都市のなかでもっともいい歳月の渡りかたをしてき たのではないかと思えてくるんだ。
(中略)
いずれにしても、人間が住んでこそ都市だよね。きみという都市はさまざまな場面からなってい る。それを いろいろ見てきて、ぼくは住んでいる人たちの表情が全体としてのきみの表情をつくるのだし、それは建物の表情などよりはずっと雄弁にきみという都市の毎日 の雰囲気を表しているということに気付いた。人が住んでこその都市。ようやく気付いたというところだけど、遅すぎはしなかったと思う。

そ う、結局のところ、都市とはそこに住む人なんだ。電車のなかで出会った若い娘たちはみんな溌剌として美しかった。電車がいつまでも駅に着かずに走りつづ け、ぼくがいつまでも彼女たちの顔を見ていられるといいと思ったよ。そういう気持ちを抱かせるのは、彼女たちの力であると同時に、きみの力でもある。 新しすぎる都市には、なかなかそういう力はないものなんだ。

きみはまた昔のように一つになった。
(中略)
だからぼくはき みに言いたい、急がないでくれと。住む人が人間にふさわしい速度で成長し、知恵を集め、子を育て、慈しみの目で家族を見ながら老いてゆける都市であってく れと。この先、きみの歩みは少しばかり速くなるかもしれない。それでも、遅れてスタートする者はそれだけ有利なのだ。追いつこうなどと思わず、もともとき みが持っていた歩度をまもって、いちばんいい相貌を失わずに、これからの何十年かを、過ごしてほしい。ぼくが何度でもきみを訪れ、今回と同じように大事な ことをたくさんきみから教えてもらい、幸福になって帰れるように。
バイバイ
Berlin 序文 / 池澤夏樹「ある都市への手紙」


ぼくは、6月にベルリンへすこしだけ訪れます。ベルリンにいる変わらないでいてくれる大切なひとたち、都市ベルリンで暮らすひとたちに逢いに。幸福になれるように。もちろん、新しいベルリンは、この写真集やヴェンダースのフィルムとは大きく変わっているのだろうと思う。でも、視線がぶれずふつうに変わらないことってやっぱり美しいし大事だし、池澤夏樹の愛たっぷりのラブレターの答え合わせもしなくちゃいけない。

そして、当時、こども過ぎて解らなかった「ベルリン 天使の詩」をベルリンでもう一度。かつて天使だったピーター・フォークのように、ぼくも「ふつうに見える帽子」をそこで探すつもり

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