My vocalese fun fair / Giorgio Tuma
音楽文筆家の吉本くんからジョルジオ・トゥマ Giorgio Tuma のアルバム「マイ・ヴォーカリーズ・ファン・フェア My vocalese fun fair」(production dessinee) を貰ってから、ここ数日繰り返し繰り返しこのアルバムを聴き続けている。
ボサノヴァ、ジャズ、ネオアコ、ギターポップ、インディーポップ、伊映画音楽、ミッド・ポップ、ソフトロック…
ブライアン・ウィルソン、マルコス・ヴァリ、アントニオ・カルロス・ジョビン、ロジャー・ニコルス、エンニオ・モリコーネ、ピエロ・ピッチオー二、アルマンド・トラヴァヨーリ、バート・バカラック、マーヴィン・ゲイ、コーネリアス、ステレオラブ…
なんだろう、トゥマ自身が影響を受けたであろう音楽のこの昇華のし具合というか、心地よい咀嚼具合というか、フィルタリングの掛け具合は。この絶妙で研ぎすまされたセンシティヴさは、なんなのだろう。
吉本くんは、このアルバムの彼のペンに寄るライナーノーツの中で、「エッセンス」というキーワードを使って、ジョルジオ・トゥマの音楽観を上手に表現している。以下、一部抜粋引用。日頃から “好きなモノ人物論” を唱えているぼくも深く共感を覚える。
ジョルジオ・トゥマの音楽には、様々なアーティストからの影響が感じられるが、その表出のさせ方がとても自然なことに驚かされる。単にスタイルを模倣するのではなく、自分の意識の奥深い部分にまで染み込んだエッセンスを追憶と共に昇華させ、センシュアスな感覚の糸を紡ぐことで新たにトゥマ・ワールドとも言える独自の音楽観を生み出している。それは彼が優れたアーティストであると同時に、感受性の豊かなよきリスナーであることを何よりも物語っている。(中略) 彼は語る、「僕にとって、音楽は人生そのものであり、彩りであり、夢であり、輝きなんだ…」。彼の新作を手に入れてから、アルバムを通して本当に何度も繰り返し聴いたことだろう。様々な音楽からの影響を受けながら、エッセンシャルな光だけを集めて夢想の音楽を創り上げるジョルジオ・トゥマの “感受性” に、僕は深い共感を覚える。
2009年5月
吉本 宏Giorgio Tuma - My vocalese fun fair (production dessinee) 解説からの一部抜粋引用
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