Wednesday, August 08, 2007

Happy Birthday, Helvetica!

ヘルベチカ helvetica というタイプフェイスはひときわ美しい。
多くのクリエイターたちに愛されるこのヘルベチカを、いまこの瞬間も誰かが大きなリスペクトを込め、そのデザインの中でシンプルに、丁寧に使っていることだろう。

1957年にマックス・ミーディンガー Max Miedinger によってデザインされたヘルベチカは、今年で50歳を迎える。
国境、時代、文化、スタイルを超えたロングライブ。
ハッピー・バースデイ、ヘルベチカ!

盛大なパーティが、いま世界中で行われている。

"helvetica" A Documentary Film by Gary Hustwit
http://www.helveticafilm.com/

Design Museum London
"50 Years of Helvetica"
http://designmuseum.org/exhibitions/2007/helvetica

MoMA The Museum of Modern Art
"50 Years of Helvetica"
http://www.moma.org/index.html

Linotype.com
"Helvetica NOW Poster Contest"



Helvetica: Homage to a Typeface

*画像は film "helvetica" より

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Tuesday, July 31, 2007

BLOW-UP

Wednesday, January 31, 2007

The Killing Moon


P.M 4:25 の北東の空。
暮れかける空に月。

先日、ヌーベル・ヴァーグ Nouvelle Vague のアルバムをもらった。
「Bande À Part」。ゴダールの「はなればなれに」!(タランティーノも拝借してるね。)
バンド名がヌーベル・ヴァーグ。
カヴァーしてる曲が、ニュー・ウェイヴ New Wave。
サウンドが、彼らの解釈のボサノヴァ Bossa Nova。
すべてが、あたらしい波。

不思議な気分。最高の確信犯だね。

「Bande À Part」のオープニング曲は、エコー&バニーメン Echo & The Bunnymen の 大傑作 キリングムーン The Killing Moon。

Under blue moon I saw you
so soon you'll take me...


そういえば、エコバニは、リバプールだったね。

♪playlist: The Killing Moon / Nouvelle Vague (_Bande À Part )

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Saturday, July 01, 2006

ジーゲスゾイレ - ベルリン


ジーゲスゾイレ
Originally uploaded by masaakimiyara.

ワールドカップの喧騒、ベルリン!
でも静かに佇む戦勝記念碑。
見えないけれど、あの天使があそこに座って、下界をやさしいまなざしできっと眺めている。


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WMの喧騒!
ベルリン。
旧東地区の変わらぬ静寂と劇的な変貌!
ベルリン。

いま、空虚にたくさんのエネルギーが入り込んでいる。

東西、新旧、移民、クリエイター、イデオロギー、ワールドカッ プ、戦争、クンスト、メトロポリス、過去と未来。

天使は、いま何を眺め何を聴いている?
そして、その鎧をユーロに変える準備はできている?

ねぇ、ダミエル、きみはいまどこにいて、何を考えてるの?


最後の質問。
人間になって良かった?

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Friday, April 14, 2006

Berlin

いつもより丁寧にコーヒーを煎れ、いま、ぼくは「Berlin」という写真集を、ベルリンにいるひと、ベルリンで暮らすひとたちを想い、眺めている。
1990年の終わりから91年の2月にかけて、橋口譲二が撮影した写真集。
壁が崩壊したちょうど1年後のベルリンの風景です。



ぼくは、ヴィム・ヴェンダース Wim Wenders が撮ったあの美しいフィルム「ベルリン 天使の詩」とリンクさせ、90年代初頭、この写真集を観ていた記憶がある。
天使の詩」は崩壊前のベルリンだから、ちょっと時間の開きがあるんだけれど、きっとどこかちいさな名画座で見直したんだろうね。
そう、有楽町の駅前で観たその最初のロードショーでは、あまりにぼくがこども過ぎて理解ができなかったから。
でも、天使が色彩を感じる瞬間や、彼らが佇むあの戦勝記念碑、ジーゲスゾイレ Siegessaule の際だった美しさだけは鮮明に憶えている。

そして、この写真集「Berlin」。
ヴェンダースとアンリ・アルカン Henri Alekan が丁寧に紡いだ詩篇のようなモノクローム。それに共通する、荒廃のなか、けっして軽薄じゃない誇りある都市のランドスケープ。ひとの穏やかでありながら高貴な表情に、当時ひどく心を揺さぶられた。


あれから、確実に10数年がたち、ベルリンはどんな風に変わったのだろうか?

今日、ふと立ち寄った図書館で再会した、この写真集「Berlin」。

きみは今、どんな気持ちでいるのだろう。
きみの表情を撮ったたくさんの写真を見ながら、ぼくはきみに尋ねたいと思った。きみは今、何を考えているのだろう、と。
こ の何十年か、きみは幸福だったのだろうか。他の都市の中には、きみのように無理なくゆっくりと歳を重ねることを嫌がって、大急ぎで浅ましく変身し、妙に ピカピカでうすっぺらな姿をさらしているところもある。四十数年前にきみと同じようにひどい空襲を受けながら、爆弾を落とした人々よりも早くそのことを忘 れてしまった都市もある。
(中略)
しかし、きみはほとんど変わらなかった。
Berlin 序文 / 池澤夏樹「ある都市への手紙」

旅の詩人(あるいは芥川賞作家)池澤夏樹がこんな序文を写真集「Berlin」の冒頭で捧げている。
ひとが生活してこその都市が変わることはいいことなの? ずっと、ふつうでそのままでいて欲しいんだ、という、これから変わっていってしまうかもしれないベルリンという都市に宛てたとても美しいラブレター。

ほんとにとても美しく素敵な手紙だから、最後のくだりをちょっと長いけれど引用します。
ねえ、教えてくれないか。都市というものはそんなに日々新しくあるべきなんだろうか。ぼくはずっとそう信じてきたけれども、きみのおちついた表情、変わらな かったがゆえのゆとり、鋳鉄の垣や、壁にうつるユーゲンシュテルヒの曲線美、鏡の中の老女などを見ていると、行きかう自動車の丸いヘッドライトを見ていると、駅構内の花屋の、そこにだけ特別の光が当たっているような明るさを見ていると、案外きみがすべての都市のなかでもっともいい歳月の渡りかたをしてき たのではないかと思えてくるんだ。
(中略)
いずれにしても、人間が住んでこそ都市だよね。きみという都市はさまざまな場面からなっている。それを いろいろ見てきて、ぼくは住んでいる人たちの表情が全体としてのきみの表情をつくるのだし、それは建物の表情などよりはずっと雄弁にきみという都市の毎日の雰囲気を表しているということに気付いた。人が住んでこその都市。ようやく気付いたというところだけど、遅すぎはしなかったと思う。

そう、結局のところ、都市とはそこに住む人なんだ。電車のなかで出会った若い娘たちはみんな溌剌として美しかった。電車がいつまでも駅に着かずに走りつづけ、ぼくがいつまでも彼女たちの顔を見ていられるといいと思ったよ。そういう気持ちを抱かせるのは、彼女たちの力であると同時に、きみの力でもある。 新しすぎる都市には、なかなかそういう力はないものなんだ。

きみはまた昔のように一つになった。
(中略)
だからぼくはきみに言いたい、急がないでくれと。住む人が人間にふさわしい速度で成長し、知恵を集め、子を育て、慈しみの目で家族を見ながら老いてゆける都市であってくれと。この先、きみの歩みは少しばかり速くなるかもしれない。それでも、遅れてスタートする者はそれだけ有利なのだ。追いつこうなどと思わず、もともときみが持っていた歩度をまもって、いちばんいい相貌を失わずに、これからの何十年かを、過ごしてほしい。ぼくが何度でもきみを訪れ、今回と同じように大事なことをたくさんきみから教えてもらい、幸福になって帰れるように。
バイバイ
Berlin 序文 / 池澤夏樹「ある都市への手紙」

ぼくは、6月にベルリンへすこしだけ訪れます。
ベルリンにいる変わらないでいてくれる大切なひと、都市ベルリンで暮らすひとたちに逢いに。幸福になれるように。
もちろん、新しいベルリンは、この写真集やヴェンダースのフィルムとは大きく変わっているのだろうと思う。
でも、視線がぶれずふつうに変わらないことってやっぱり美しいし大事だし、池澤夏樹の愛たっぷりのラブレターの答え合わせもしなくちゃいけない。

そして、当時、こども過ぎて解らなかった「ベルリン 天使の詩」をベルリンでもう一度。
かつて天使だったピーター・フォークのように、ぼくも「ふつうに見える帽子」をそこで探すつもり

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Thursday, March 23, 2006

かもめ食堂 / a small, good thing



それは、レイモンド・カーヴァー raymond carver の「ささやかだけれど、役にたつこと a small, good thing」だったり、吉本ばななの「キッチン」だったり、デイヴィッド・アップダイク david updike の「カプチーノを二つ」だったり。

食べることで、元気になるってとてもすてきです。
日常的でいたってシンプルな行為だけれど、ヒトは食べないと生きていけないし、食べ続けないと倒れてしまう。
ムーミン谷のにょろにょろが電気を食べるように、なにかをエネルギーに変えて生きるちからにしなければいけない。


たいせつなヒトとゴハンを一緒にすることってやっぱり楽しいしうれしい。それって、食べることが元気になることをカラダや精神、互いが知っているからだと思う。

「カモメ食堂」のなかで、サチエ(小林聡美)が「ヒトにつくってもらったおにぎりは、自分でつくるよりおいしい」というフレーズを真摯にさらりと語ります。
たいせつな誰かのために作る料理、たいせつな誰かに作ってもらう料理は、シンプルでごくごくふつうのことだけれど、そのなかにはヒトとして互いを思いやる気持ちの具がたくさん詰まっています。

食べるって、いたって動物的な行為なのにね。(そうだからこそ純粋で大事なことだと言えるんだけれど)

北欧、ナチュラル、スローライフ、やさしい、デザイン、インテリア&ファブリック、テキスタイル、やっぱり猫が〜、おしゃれ、あたたかみ、マリメッコ、癒し系、自分探し...
そんなキャッチーなキーワードでこの映画は語られていることが多いけれど、それももちろんオーケーだし、的をしっかり射ている。
でも、なによりも、生きることの基は食べることだってことをささやかだけれどふつうに気づかせてくれるすてきな映画です。


たいせつな誰かとおなかをうんと空かせて、ポップコーンと温かいコーヒーを片手に仲良く観ましょ。(コーヒーと香りたっぷりのシナモン・ロールがベストだけれど)

そして、見終わったら、パンフなんて買い求めずに、すかさずいつものお気に入りの食堂へ!
それはきっと、明日のふだんの生活につながってる栄養たっぷりなおいしいゴハンなんです。

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Wednesday, February 22, 2006

かもめ食堂 ruokala lokki


かもめ食堂」。なんだかとてもおいしそうです。

http://www.kamome-movie.com/

夏の北欧フィンランドの首都ヘルシンキ。
透明な青い空と白いかもめの美しい港町。
街角に「かもめ食堂」という名の小さな食堂がオープンしました。
あるじは日本人の女性。

「道行くヒトがふらりと入ってきて、思い思いに自由な愉しい時間を過ごす食堂を。」
そんな風景を思い描いての船出です。

メインメニューは、おにぎり......


どうです?
愉しそうな映画でしょ?

食べることって、とてもポジティブだし、生きることの基本です。
だから、ぼくは食べるテーマの映画や小説が好きです。(もちろん、実際に食べることも)
やっぱり、元気になるでしょ。


サイト・デザイン、とても「北欧」しています。
配色といい、イラストレーションといい、テキスタイルといい、かわいい。


3月11日(土)シネスイッチ銀座で "おいしく"ロードショーとのこと。
たのしみ。


追伸:
サイトのコンテンツ、「FORTUNE-TELLING(かもめ食堂占い)」がゆるくて愉快です。
ちなみに、ぼくをちょっぴりしあわせにしてくれる食堂のメニューは「鮭の網焼き」でした。

その占い結果をはずかしながら記します。

「鮭の網焼きを選んだあなたは、気品高く、高い理想の持ち主。
自主自立という言葉がぴったりな人です。
頭 の切れるタイプで、新しいものを取り入れていく意欲も旺盛でしょう。
自分には厳しい人ですが、周囲の人々には温かい思いやりを示すので、誰からも好かれて いるようです。」

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